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「復活の主にある希望」

  • koshigaya0
  • 5月9日
  • 読了時間: 2分

           

                              ヨハネ20:1~20

今年のイースターの朝を迎えました。寒さが厳しいヨーロッパでは春の訪れは大きな希望でした。その希望とは主イエスがメシヤとして聖書の預言どおり、この世界に来られたこと、そしてその主イエスが、復活されたことです。この希望は根拠ある希望なのです。

●私たちは希望の見えない世界に生きている

主イエスが復活された朝、マグダラのマリアと他の女性たちが墓に来ます。主イエスのご遺体はありませんでした。ヨハネとペテロも来ます。彼らは復活を理解することができませんでした。他の福音書は驚いたとあります。一人残ったマリアが振り向くと、復活された主イエスがおられました。しかし、彼女はそれが主イエスだとわかりませんでした。「わからない」「理解できない」とは私たちの現実の生活にも多くあります。そして希望を失います。

●私たちは、主イエスの復活という確かな希望がある。

復活は聖書に記された約束です。聖書を彼らは理解していませんでした。創世記22章、ヨナ書、詩篇16篇などはそれを示唆しています。何より、主イエスご自身が、復活を預言しておられました(マルコ8:31、10:33等)。その通りに復活し、40日、弟子たちとともにおられたのです。これが大きな希望です。弟子たちは復活の主に会い、確かな希望を得ることが出来たのです。

●その希望とは私たちの想像を越えるものです。

弟子たちは混乱していました。ペテロとヨハネも「見て信じた」「理解していなかった」とあるようです。復活は常識ではありえないからです。神の恵みも私たちの常識で諮りえないものです。「まだ、理解していなかった」とあり、「これから分かっていく希望」です。私達は諦めなくていいのです。全部わかることは、ないかもしれないが、神がわかるようにしてくださいます。ここにも大きな希望があるのです。

 
 
 

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