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インマヌエル
越谷キリスト教会
礼拝メッセージ
「希望の若枝・主イエス」 イザヤ11:1~10 2025.12.7
今年もアドベントのシーズンを迎えました。この年を振りかえると一つ心に留まる光景があります。それは戦争の傷跡です。特にパレスチナのガザ、ウクライナでもそうでしょう。このイザヤ書にそのような世界の現実が示されています。このイザヤ書は主イエスへの預言も多く含まれています。この11章には「希望の若枝としての主イエス」が記されています。 ●困難な世界の現実 1節には「エッサイの根株から新芽が生え」とあります。イスラエルは自らの罪のために国が滅ぼされる経験を何度もしました。木々が切り倒されて根株しか残っていないという全く絶望的な状態でした。歴史を考える時、そのような世界でも日本でもそのような光景は繰り返されてきました。同時に「心の焼野原」という状態が人にはあるのではないでしょうか。 ●ですが、神にある希望がある。それが主イエス 世界は切株のような現実があります。しかし、1~2節は希望の預言です。その切り株から、芽が出るのです。「エッサイ」というのはダビデ王の父、その子孫から、ダビデより遙かに勝った王、全人類の救い主イエスが来られる、という預言です。この若枝な
「世界で最も大切な質問」 マルコ8:27~33 2025/11/2
世の中には「自分は何をすべきか」「自分は何者なのか」「人は死んだらどうなるのか」という根本的な問いがあります。ですが、それらに優って重要な質問があります。それは29節の「わたしをたれだと言いますか」という主イエスの弟子たちへの質問です。 ①質問の中身「主イエスとはだれか」 8章はエルサレムでの最後の一週間を前に、実質的に主イエスの生涯の終わりに近い時です。3年以上寝食を共にしてきた、弟子たちとの旅の「途中」で主イエスはこの質問をされました。弟子たちには唐突だったかもしれませんが、主イエスにとっては「遺言」の一つであり、弟子たちへの最終試験ともいえる質問がこの「わたしをだれだといいますか」という問いでした。 ②この質問の重要性「救いに関する事」 この主イエスの質問は、「人の救い」に関する事でした。ペテロが「あなたはキリストです」と答えます。キリストとはメシヤ(救い主)です。ペテロ達はメシヤが来てローマ帝国を滅ぼし、幸せを与えてくれる存在だと信じていました。主イエスがそのキリストだとペテロは告白したのです。ですが真のメシヤとは十字架の死と復活(31)
「出口、見えてますか?」ヨハネ5 章1~15 20250907
9月に入りました。9月、10月は、平年より気温が高いと予想されています。真夏日も続きそうです。出口が見えません。ウクライナやガザの戦争も出口が見えません。出口がない、見えない、これは人にはつらいことです。今日お読みした聖書の箇所にも「出口」を失っていた人が出てきます。...
「真理はあなたがたを自由にします。」 ヨハネ8:31~36 2025/8/3
主イエスの公の生涯は3年半ほどでした。8章ではすでに後半の2年目の半ばです。場所はエルサレム。前半では有名な姦淫を犯して罪に問われた女性の話がでてきます。人々は主イエスから「あなたがたの中で罪のない者がまず、この人に石を投げなさい」と問われ、誰もその女性を罪に問うことはでき...
「万物の創造者・キリスト」 (へブル1:1~9) 2025/7/6
下半期にはいりました。今週末、ユースミションで行く神栖の海岸の道路はまっすぐ広々としていますがあちこちが凸凹してガタガタします。私たちの生涯もそのような試練や困難などあるかもしれません。そのような時、私たちが土台とすべきは主イエスキリストです。...
「この恵みのゆえに」 エペソ2:1~10 2025/6/1
教会では「恵み」ということばを良く耳にします。「恵み」とは「受けるのに値しない者に対する一方的な神からのプレゼント」といえます。一般的に言えば日本では「恵み」ということばは、自然界からの恩恵という意味で使われます。それは基本的には無料であり、だれでも恩恵に与れます。ですが、...
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